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最悪の一日

きいなをパピークラスに預けてから検査施設へ。

事前検査のために預けて、検査方法の説明を受けました。

扉一枚隔てた場所にいるようで、ドタバタ・キュンキュン聞こえてきました。

説明は「まずはCTを撮ります。どうしても言う場合はMRIに移動します。」との事でした。
それぞれ、検査できるものが違うので今回はまずはCTからと説明を受けました。


説明が終わりすぐに検査開始。

簡単に考えていました。
異物かな~、出来物かな~。
それくらいでした。

だから、先生が15分ほどで出てきた時、嫌な予感がしました。


「今、CTを撮りました。その結果、骨の溶解が見られたので何かがあると診てそれを詳しく診るためにMRIに移しました。」と絵に描いて説明をしてくれました。

目の前が真っ暗になりました。
どうか間違いであって欲しい。
何かが出来ていても簡単に取れるはず。


そこから検査が終わって麻酔が覚めるまで2時間ほど。
色んな事が頭を巡りました。


先生が「もう麻酔は切ってあるのでハッキリするまでもう少し待っていてください。その間に結果を審議します。」と言われてしばらくしてから、奥の方から今まで聞いたことのないような泣き声が聞こえました。
まさに”泣き声”でした。


今月に入って検査続きで傍にいてあげる事が出来なかった不安が募っていたんだと思います。
一人で心細かっただろうと思うと胸が押しつぶされそうでした。
今すぐ傍に行ってあげたい。。。
結果が大した事ない物でありますように。。。


そんなワタシの願いは一気に吹き飛ばされました。


結果。

骨を溶かすものはいい物ではない。
悪性腫瘍と思って間違いない。
前頭洞という頭の空洞部分の中にできている。
かなりの大きさである。
脳の隣部分の骨と目の上の骨が溶解している。
痛みは骨の溶解からきている。


こちらの施設では結果を伝えるのみの場所なので、そのままF先生に連絡をして夕方に今後の相談に行くことに。


車に乗ってからもしばらく涙が止まらず、大声で泣きました。
きいなを迎えに行かなくては行けないので、施設を後にしましたが運転中もいろんな事が思い浮かんでどうにもなりませんでした。


夕方、F先生の元へ行き相談。
母が付いてきてくれたので、ほとんどを代弁してくれました。

弱い弱いワタシは現実を受け入れる事ができず、話もまともにできず。
情けないことこの上ない状態でした。
しっかり今後の事を相談したいのに、どうしても無理でした。


F先生の説明では
取り除く事は難しいというか出来ないだろう。
抗がん剤は効かないと思われる。
放射線治療もあるが完治する事はなく寿命を数ヶ月延ばすだけになるだろう。
放射線治療だと週に1回か2回通う事になるかもしれない。
あとどれくらいかわからない時間を治療に費やす事が果たしていいのか。
飼い主さんがどうしたいのか一番だけれどあまり勧められない。
それ以外は対処療法になる。
鎮痛剤を使って、その都度起きる現象に対処していく。

との事でした。

F先生の元に行くまでは家族とも「やれることは全部やろう。」そう決めていました。
でも、先生の説明に納得がいってしまいました。

何より、先ほど検査した施設でのあの泣き声。。。
放射線治療をするにはまた預ける時間が増えると言う事。
また、あんな思いさせる事はワタシには決断できませんでした。

何があっても傍にいる事が一番なんじゃないか。
そう結論に至りました。


余命どれくらいかと言う母の質問に「わかりません。この腫瘍がどれくらいの期間でここまできたのかわからないし、例えゆっくりでも血栓ができたらかなり危険です。たぶん、無理でしょう。なので、わかりません。」そう言われました。


確かに、「余命1ヶ月」と言われて2ヶ月生存できれば飼い主は喜ぶでしょう。
獣医師の評価にもなるでしょう。
「先生のお蔭で余命宣告より生きる事ができました」そう言われるでしょう。

F先生は正直な方です。
ワタシたちにいつもきちんと向かいあってくれます。
だから先生はワタシたちに期待を持たせるような事は言いません。
良いのか悪いのか。
その感じ方は人それぞれです。


ワタシは先生のその説明で覚悟をしなくてはいけないんだ。
いつ何があっても後悔しないようにしよう。
そう思いました。

と、簡単に書いてはいてもこのブログを書いている7月9日現在でも未だに「嘘であって欲しい」と思っています。
ただ、こういう所に書けるまでにはなりました。

非常に珍しい場所に出来ていること。
5月28日、6月14日の血液検査でも異常が出なかった事から頭より下には恐らく転移してなく頭部だけであろうということ。
思うに昨年の11月にアレルギーが出た事が事の発端だったと今は思う事。

そんな珍しい症例がいろんな人の目に留まり、何かを考えてもらえるきっかけにならないかと思えるようになりました。

そして、経過を書く事でワタシの気持ちの整理を付けたいはぐみの「ルンルン♪」探しを記録として残したいそんな気持ちになりました。

たくさんの方から助言をいただきました。
その事はまた後日。


一緒に泣いてくれる友人がいます。
一緒に考えてくれる友人がいます。
ワタシの泣き言を聞いてくれるお客さまがいます。
泣き言ばかり言うワタシを叱咤激励してくれるお客さまがいます。
はぐみの事を一番に考えられるようにサポートしてくれる家族がいます。
ワタシの体調を気遣ってくれる家族がいます。

感謝しても感謝しきれません。

これからどんな風になっていくのかわからないけど、精一杯の事はしよう。
そう思って日々を過ごしていきます。
きっと、何をしても後悔は尽きないと思うけど、あの時の選択一つ一つがその時には必要だったと思えるようにしたいと思います。

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